2017年5月9日火曜日

江戸時代の出版とDTP

本を作るという仕事について、かれこれ40年。
仕事を始めた頃には、まだ文字組は「活版」がありましたが、
段々「写植」に代わりました。
写植も最初は,「手動写植機」でしたが、「電算写植」にあっという間になったのです。
ある時に、アメリカから「DTP」という考え方が導入され、
それまで、ライター、編集者、デザイナー、文字のオペレーターと分業されていた仕事が、
「デスクの上で」ひとりで全部こなせる時代になったのです。

連休中に『一九戯作旅』(野口卓・講談社文庫)を読みました。
一九(いっく)というのは『東海道中膝栗毛』の作者、十返舎一九のことです。
この一九先生、仕事は戯作を書くばかりではなく、読本のデザインまでするのです。
当然活字など無い時代ゆえに、手書きの文字と挿絵まで描いて、「版下」を作るのです。
その版下を、ほり師が版下から版木を作り、
それをすり師が刷り、和綴じ製本して読者(貸本)に行くのです。
一九先生は大阪から、江戸時代最大の出版プロデューサー"蔦屋重三郎”の食客となり、
まだ、戯作を書く前は、山東京伝の草紙本の挿絵を描いたり、
浮世絵の紙に礬砂引き(刷色がのりやすいように加工)もしていたのです。

作家が一人で原稿から版下まで作るまさに、江戸時代のDTPなのです。
時代は変わり、印刷技術も発達しましたが、
今も昔も、どうしたら売れる、読んでもらえる本の企画を作り、それをどう広めるか。
本が売れなくなった昨今も、やっていることはそんなに変わっていないのだと
考えてしまいました。

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