2017年5月22日月曜日

餃子の満足度を考える










銀座「天龍」が新しい場所に移転したと聞いて
日曜日に出かけました。
「天龍」で餃子をはじめて食べたのは、
もう30年以上前のことか。
今まで路面店でしたが、ビルの4階となり、
どうなっているか興味津々。





時間的に2時を廻ってましたが、エレベーターホールには長い列があり
さすがに人気店ですね。
今まで、レジでチケットを購入していたののがテーブル席での
オーダーになっていました。
餃子にビールの黄金の組み合わせで満足でしたが、
ふと、餃子の満足度は何かと考えたハルコ。

天龍の餃子は8個で1.100円、1個当たり137円ですが、
餃子は一般的に庶民の食べ物で、安価であるというイメージが強い。

そんなに餃子を食べ歩いているのではないですが、
ここで餃子と言うのは焼餃子のことです。

通っている数少ない店で一番好きなのは、麻布の「登龍」の餃子で、
これが、1人前5個で2,000円、1個当たり400円と高い。
よく、こんな高いのは餃子の値段ではないという人もおり、
浅草の「餃子の王さま」なら6個420円と登龍の1個も値段で一皿食べられるのです。

そう考えると餃子の値段が気になってしまいました。
大きさと個数と餃子のクォリティーは違うので
比較自体が間違いかもしれませんが、幡ヶ谷でよく行く、
ミシュランのビブグルマンに選ばれた「您好 」の焼餃子は
9個で900円と1個100円と安い。
個人的に、登龍、天龍と”龍”尽くしで行くと、上野アメ横の「昇龍」は4個で460円。

チエーン系では、「餃子の王様」6個で240円、「日高屋」6個で210円、
「幸楽」に至っては、6個で200円なのです。
「幸楽」の1個33円ほどと「登龍」の1個の400円の値段の差は約12倍。

もし「幸楽」で「天龍」の値段で餃子を食べるなら60個も食べられる計算に。
ただ、「登龍」の餃子を食べると、暫し餃子は食べなくても良いと思い、
他の店の餃子だとまた、餃子が食べたくなるのです。(食べ足りない)

しかし、餃子の満足でで考えると、ハルコ的にはどちらの餃子も好きなのですがね。

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2017年5月9日火曜日

江戸時代の出版とDTP

本を作るという仕事について、かれこれ40年。
仕事を始めた頃には、まだ文字組は「活版」がありましたが、
段々「写植」に代わりました。
写植も最初は,「手動写植機」でしたが、「電算写植」にあっという間になったのです。
ある時に、アメリカから「DTP」という考え方が導入され、
それまで、ライター、編集者、デザイナー、文字のオペレーターと分業されていた仕事が、
「デスクの上で」ひとりで全部こなせる時代になったのです。

連休中に『一九戯作旅』(野口卓・講談社文庫)を読みました。
一九(いっく)というのは『東海道中膝栗毛』の作者、十返舎一九のことです。
この一九先生、仕事は戯作を書くばかりではなく、読本のデザインまでするのです。
当然活字など無い時代ゆえに、手書きの文字と挿絵まで描いて、「版下」を作るのです。
その版下を、ほり師が版下から版木を作り、
それをすり師が刷り、和綴じ製本して読者(貸本)に行くのです。
一九先生は大阪から、江戸時代最大の出版プロデューサー"蔦屋重三郎”の食客となり、
まだ、戯作を書く前は、山東京伝の草紙本の挿絵を描いたり、
浮世絵の紙に礬砂引き(刷色がのりやすいように加工)もしていたのです。

作家が一人で原稿から版下まで作るまさに、江戸時代のDTPなのです。
時代は変わり、印刷技術も発達しましたが、
今も昔も、どうしたら売れる、読んでもらえる本の企画を作り、それをどう広めるか。
本が売れなくなった昨今も、やっていることはそんなに変わっていないのだと
考えてしまいました。

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2017年1月22日日曜日

今日はカレーだよ!



ブログさぼってました。
今年初ブログです。

今日は「カレーの日」なのですよ。
1982年(昭和57年)の1月22日に「学校給食設立35周年」を記念して、当時の文部省が後援し、全国の小中学生約800万人に「一斉カレー給食」が実地されてこれが記念日になったそうです。
しかし、全国の約300の市町村は「給食の管理化」として反対したそうな。まぁ、賛成するのも反対するのも、根拠は希薄ですね。

この頃の小中学生が好きな給食メニューのトップ5は、カレーライス、焼そば、ハンバーグ、スパゲッティ、カレーシチューだそうです。
以前の事務所のスタッフの一人は、この年に小学生だったというので聞いたのですが、覚えていないという答え。
うむ、たぶん君の学校は「給食の管理化」に反対していたのだろう!

とここまで書いて、この話は「カレー」なのか「給食」なのか、迷ってしまいました。
S&Bの調査によると、日本人は1年間に平均84回カレーを食べているそうな。
これが多いのか少ないのかは分かりませんが、確かに自宅で1食分のカレーを作るのではなく、多めに作ると何回かはカレーになってしまいますね。
でも、カレー商品(ルーやレトルトパック)の売り上げは減少している、というデータもあるのです。
カレーはある程度量を多く作り家族で食べる、というイメージがありますが、個食が進んでバラバラになると、皆でカレーを食べるというのではなくなるやもしれませんね。
それでも、カレーは日本人の国民食であることは確かですね。
あぁ、段々カレーが食べたくなってきたー!

風邪予防も兼ねて、カレーをは良く作り食べています。
個人的な思い込みですが、カレーは体を暖めて免疫力が強くなると信じております。
今やカレーは日本の国民食で、ハルコは「和食」と言っても良いと考えています。
今日はそのカレーにまつわるお話です。

以前、大阪に仕事で出張した時に、高麗橋のそばに宿泊した事があります。
ガイドブックを見ていると、近所に「少彦名(スクナヒコナ)神社」がありました。
ここの神社は谷崎潤一郎の『春琴抄』、菊田一夫の『がしんたれ』の舞台となった神社なのですが、別名「しんのうさん」と呼ばれているのです。
さっそく、早朝散歩に出かけました。
ビルの間にある本当に小さな神社ですが、朝から参拝の人が多く訪れていました。
ここは、日本の薬祖神である少彦名命(スクナヒコナノミコト)と、古代中国の農耕・医薬の皇帝・神農(しんのう)氏を祭神とするところから、地元では「しんのうさん」と呼ばれる薬の神様なのです。
このあたりは、江戸時代から350年間続く「薬屋の町」=道修町(どしょうまち)で、現在も、武田長兵衛商店=武田薬品をはじめ、日本を代表する製薬メーカーの本社が軒を連ねているのです。
そして、この当たりの漢方薬種問屋さんが、日本のカレーのルーツであり、ハウスやヱスビーなどを誕生させた「カレーの聖地」でもあるのです。

今日の掲載画像は、ハルコ作の「インドのスパイス料理から日本の国民食になるまでの道・カレー東奔西走」です。

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