2013年12月27日金曜日

明日から引き蘢り生活!

2013年も残すところあと4日ですね。ハルコの事務所でも今日は仕事納めです。
今年は12月28日から1月5日まで、9日間のお休みになります。
百貨店関連の仕事をしていることもあり、関係者は年末年始は元旦のみの休日で、大変だと思います。ハルコも、キッチンステージのセミナーがどうしても土日に入ることが多く、今年はあまり休んでいません。
「バリ島式」に仕事・生活・趣味と、1日の中で3つの区分を実行しているので、さほど休みたいとは考えていないのです。まぁ、強がりはこれくらいにして、今年1年「日々是ハルコ哉。」を読んでくださった方々に御礼申し上げます。


元々ブログを始めた動機は、あの2011年の東日本大震災が契機でした。
311以降に何かをやる気も起こらず、かと言って自分に何が出来るかも判らず、呆然としていた時にオクサマから「ハルコ。ブログでも書きなさい」との叱咤。
そんなの“しった”ことじゃない!と思いつつ、渋々書き始めたのです。
そこからFBも始めて、自分の狭い場所から他の方々と知り合いになることができて、今年の7月からは岩手県のお手伝いもすることになり、徐々に自分の成すべき事が判ってきました。

明日からは新潟のダーチャへ引き蘢り、今年の大いなる反省と来年への活動の充電(えっ、放電じゃないかって?)する予定です。
皆様良いお年をお迎えください。

年末年始も、近況は随時FBで発信しております。
ハルコのfacebook

2013年12月26日木曜日

木を植えた男

クリスマスも終わり、もう幾つ寝るとお正月ですね。
ハルコブログも年内は明日までで、正月休みに入ります。

去る24日にアニメーション作家のフレデリック・バック(Frédéric Back)さんが、カナダのモントリオールで89歳でお亡くなりになったそうです。
代表作は、5年の歳月をかけて制作された『木を植えた男』で、色鉛筆やフェルトペンで描くので大変時間がかかるものです。
今年公開された高畑勲さんの『竹取物語』同様に絵の輪郭線が無く、非常に芸術的な作品です。


今から25年前に、ハルコが初めて編集長として関わった、保険会社の定期刊行物がありました。夫婦と子供の情報誌で『WHa(ワハァ)というタイトルです。
若く小さな子供がいる世帯向けの内容でしたが、この情報誌にはハルコの現在に繋がる萌芽があったのです。
夫婦共々分担して家事を行い、新しいライフスタイルを築く、という内容でしたが、現在は普通のことでも、四半世紀前はまだ社会的に抵抗がある時代だったのです。

その中で、良質な絵本やアニメを紹介するコーナーを作り、そこでフレデリック・パックのアニメ『CRAC!』を取り上げて、読者プレゼントにしたのでした。
当時はまだ『木を植える男』はビデオ化(ビデオですぞ!)されていなかったので、『CRAC!』を掲載したのでした。

『木を植える男』は1987年にアカデミー短編賞を受賞し、「私の作品を通じて、日々の忙しさに忘れがちな身の廻りの動植物、自然、そして子供たちの尊さに気を留め、将来の幸福な人生をつかんでもらえば……」と語っていました。
お正月には、たまにこんな作品も鑑賞されてはいかがでしょうか。

2013年12月25日水曜日

昔の料理は茶色だった!

この季節は、緑と赤のいわゆる「クリスマスカラー」が街に溢れています。
そして、料理もカラフルな料理のなんと多いことでしょうか。
これらは昔なら“ハレの料理”なのでしょうが、今や1年中色とりどりですね。
雑誌やレシピ本の仕事を長く続けておりますが、ある時期を境に料理がカラフルになったと確信しています。
それは「料理の三原色」と(一部で)言われるものでした。
何か撮影のために料理を作る場合、ベースの料理に色数が少なければ色のあるものを追加で入れる(のせる)ことです。

その「料理の三原色」を最初に作り上げたのは、熊谷喜八さんではないでしょうか。35年前の家庭画報の料理は、まさに「3原色」なのです。
喜八さんが唱えて一世風靡した「無国籍料理」は、フレンチをベースにして各国料理をフュージョンさせて作られましたが、また同時にヌーベルキュイジーヌの影響も多分にあるでしょう。韓国や中国、東南アジアの色彩も加わってきましたね。
料理で絵を描くような感覚で、足りない色を素材の赤、黄、緑、白……と加えていくのです。
これはひとつの発見で、非常に写真映えするので、模倣されるようになりました。


元々の日本料理は色彩感覚に富んでいたのも事実です。
しかし昔の一般家庭では料理屋さんの料理ではないので、食卓に乗るのはくすんだ茶系の料理が当たり前でした。
味噌汁、煮物、焼魚……。煮たり焼いたり炊いたりする過程で、茶色になるのです。
昆布や鰹節等でだしを引き、干し椎茸や干し大根、ひじき、豆等の乾物で調理する古くさい料理だけど、しみじみとした味付け。
写真は今から14年前に、今は亡き編集者と企画した「粗食のメニュー」というムックです。
その頃、病気で入院するはめになったハルコが、病室で「日本の病人食と言えばお粥だけど、世界中で病人は何を食べているのだろう?」と考えていたことから発想し、企画したものです。シンプルで体に良い「粗食」をシリーズにしたかったのですが、この1冊のみで終了。
今読み直すと、現在出ていてもおかしくない良い内容ですね(自画自賛)。
来年は「茶色」の普通の料理の復権がある、と思うハルコなのだ!


2013年12月24日火曜日

聖夜だけど(ぶつぶつ)。

今日はクリスマスイヴで、明日がクリスマス。
今更ながらの話ですが、日本でのクリスマスは安土桃山時代の宣教師から始まり、キリスト教が禁教となり明治に復活し、戦後に進駐軍の政策から一般化されてそれを商業化したというのが現在のクリスマスの発達史ですね(ぶつぶつ)。

11月から方々でクリスマスツリーが飾られ、12月25日を過ぎると、あっという間に門松に替わります(ぶつぶつ)。
別にクリスマスに文句はないのですが、現在の日本では、宗教とはまったく関係ないイベントとして成立していますね。
ミサに出たり、キリストの生誕を祝う信者の方々は別として、大多数の日本人にとってはご馳走やケーキを食べて、プレゼントを貰う日でしかないのでしょうか(ぶつぶつ)。
そうでなくとも、忘年会シーズンの流れの中での最大のイベントではありますね。
と、朝からぶつぶつ言っていたら、オクサマが「今日はクリスマスイブのパーティがあるから」と告げたのでした。

2011年の年末に、百貨店の大きなクリスマスツリーを見た時は、今年はクリスマスどころではないのにと思っておりましたが、毎年見ているツリーは日常の普通の幸せを感じて涙が出てきました。
まだ被災地の復興は中々進んでいませんが、来年はより良い年になりますように。
"メリークリスマス!”

2013年12月20日金曜日

冬至とかぼちゃ

今年の冬至は12月22日ですが、ハルコブログは土日と休日は基本的にお休みなので、ちょっと早めの冬至の話です。
この所、午後から打ち合わせした後に外に出ると、もう暗くなっています。
びっくりするという程ではないのですが、何だか早く暗くなると損した気分ですね。

冬至は、北半球において太陽の位置が1年で最も低くなり、日照時間が最も短くなる日です。1年で最も日が短いということは、「翌日から日が長くなっていく」ということなので、世界中で古くから太陽が生まれ変わる日とされ、冬至の祝祭が盛大に行われていますね。
中国や日本では、冬至は太陽の力が一番弱まる日であり、この日を境に再び力が甦ってくることから、陰が極まり再び陽にかえる日という意の一陽来復(いちようらいふく)と言われ、冬至を境に運が向いてくるとしています。
ハルコも毎朝テレビの星占いを見ているのですが、「占いで今日最低だったら、明日からは運気が上がる」とポジティブに考えているのです(違うか!)。


また、冬至には「ん」のつくものを食べると「運」が呼び込めると言われています。
にんじん、だいこん、れんこん、うどん、ぎんなん、きんかん……などを「運盛り」と言って縁起を担いだのです。

しかしやはり、冬至と言えばかぼちゃですね。
えっ、かぼちゃは「ん」がついてないだろうって?
かぼちゃを漢字で書くと南瓜(なんきん)です。つまり陰(北)から陽(南)へ向かうことを意味しているのです。ご存知でしたか?
でも、ハルコはかぼちゃがあまり好きではないのです。

さぁ、冬至の日には「ん」の付くものを食べましょう!
ハルコは「わんたん」でビールでも飲みましょうかね。

2013年12月19日木曜日

日々土鍋

我が家では、ご飯は土鍋で炊いています。
もう何年になるのでしょう。我が家の土鍋は三重の長谷陶園製で、現在4代目です。
まぁ、壊れたので4回買い替えたということです。

最初に土鍋で炊飯をした動機は、エッセイストの平松洋子さんのご自宅で撮影した時のひと言でした。
平松さんが「土鍋にして、電気炊飯器を捨てた」とおっしゃったのです。
その後、分とく山の野崎さんからも土鍋で炊くご飯の美味しさを伝授され、「もう土鍋しかない!」と思い、わが家も電気炊飯器を追放して土鍋派になったのです。


土鍋でご飯を炊く最大のメリットは、炊きあがるのが早いことです。
晩酌しながら晩ご飯を食べ始めて、途中で「そろそろ良いかなぁ」とガスで加熱するのですが、僅か13分で炊きあがり、5分蒸らして炊きたてのご飯をいただけるのです。これは土鍋でないと難しいですね。
しかし、この土鍋で幾度も失敗をしました。
熱いままの土鍋を水で濡らして本体にヒビを入れて壊したり、米だけを入れて水を入れ忘れて加熱して焦がしてしまったこともあります。
それでも、土鍋が良いのです。
写真はハルコが雑誌で土鍋指南したページです(自慢!)。

野崎さんと有田の福泉窯と共同で開発した土鍋も作りましたが、今一番作りたいのは、完全にIH対応の出来る土鍋です。新潟の“ダーチャ”はオール電化でIHしか使えないので、どうしてもIH土鍋が欲しいのです。
現在来年へ向けて、IH土鍋の開発を始めています。
来年の秋には発売したいと考えております。

2013年12月18日水曜日

12月のレストラン

12月も残り少なくなってきました。仕事もあと正味10日ほどですね。

今日は東京も雪が降るらしいのですが、ふた昔前の12月のことを思い出しました。
時代はバブル景気の真っただ中。世の中のカップルが赤プリだとか何とかの高級ホテルやレストランの予約が困難な時代でした。
そんな年末の12月、フランス料理店でご飯を食べて店の外に出ると、想定していなかった雪、雪、雪……!
時間は23時近くで、タクシーを拾おうとしても乗車拒否されるわ、タクシーを捜している人の数が尋常じゃないのです。
その晩は、結局明け方の4時近くまでタクシーが拾えず、深夜も空いているバーを捜して大変な目にあったのです。


そのバブルも弾けて、12月のレストランも予約が取れにくい所はまだたくさんありますが、当時のような熱気はあまり感じられませんね。
その時代を謳歌していた団塊の世代が現役を引退して、レストランで騒いでいるよりも静かに家で過ごしているのでしょうか。
マスの年代がごっそり抜けて、ここ数年レストランへの需要と供給のバランスが崩れてきたという実感はあります。
外食産業自体の底辺の広がりと層の厚さも加わり、客の立場からすると良いのですが、お店を経営している方々は大変だろうと思います。

12月は1年の中でも、レストランの一番の稼ぎ時です。
皆さんもどんどんレストランへ行きましょう!

2013年12月17日火曜日

岩手県のプライベートブランド!

本日17日は、岩手県のプライベートブランド(以下PB)の発売日です。
今から50年前、岩手県が第三セクター方式で会社を始めました。県知事が会長という、その当時としては珍しい組織でした。
今年はその会社「岩手県産株式会社」が創業50周年に向けて、地元の各メーカーさんとコラボして、岩手県のPBを開発する事業を始めたのです。
中心メンバーは全員女性で、「岩娘會(がんこかい)」というチームを発足して「pecco(ぺっこ)という名称のPBが誕生したのです。


第1弾は岩手県のお菓子をテーマにしました。
全国区にするには味はともかく、形状などが垢抜けしなく量も多いので、形を小さく食べ切りサイズにして、「少し」という意味の岩手の方言から「pecco」という名称になったのです。
本日から、東京では東銀座の「いわて銀河プラザ」で販売されます。
お目に止りましたら、「pecco」をよろしくお願いたします。
ちなみにハルコは、全種類購入しました。
来年のハルコの野望は、PBで岩手のソースを作ることです。

2013年12月16日月曜日

体の栄養、心の栄養

先週の金曜日は、保険の書き換え更新でした。10年単位での保険見直しですが、だんだん自分の余命が残り少なくなるのを実感しますね。
12月も後残り2週間、年が明けると「元旦や冥土の旅のへの一里塚、めでたくもあり めでたくもなし」という一休禅師の言葉を毎年思いだします。
人生はすべてまぼろしの連続であり、皆、夢に酔いしれているだけだと……。

そして保険の健康診断で10年前より身長は縮んだのに、体重が5キロも増加しておりました。体重は頻繁に計っているのですが、この10年で比較するとまさに「何ということでしょう」ですね。
経年によって体の代謝機能が落ちて、体の中に余分なカロリーがジワジワと蓄積されているのです。体の栄養は充分ということですが、もう一つの重要な心の栄養はどうでしょうか?

年々物覚えが悪くなり、自分の間違っている考え方に固執しがちになっている、という自覚はあります。
それが間違ったまま更新されずに、周囲を困らせる原因にもなるのです。
まだそれが間違っているという自覚があるだけマシですが、周りでも幾人か老害化している人を見るにつけ考えてしまいます。

この所、以前買ったまま読んでいない本を引っ張り出して読むようにしています。
今は読んでいると内容が頭にスーッと入ってくるのですが、買った当時の10年前やら20年前に読んでも、内容は理解していないだろうと思いました。
また過去に読んだ本も、再読すると以前読んだ時とは違う感想を持ちます。


来年は体の栄養は減らし、心の栄養をもっと増やさねば、と年末に殊勝にも思うハルコなのでした。

2013年12月13日金曜日

おでん種到来!


年末になると、さる方から“おでん種”が送られてくるのです。今年も届きました。
冷蔵庫を見て確認です。大根が無いと始まりません。おでん種の旨味が大根に染み込んだのが一番です(ハルコの感想ですが)。ただ、仕込みに時間がかかるのです。早朝仕込んで夕方に間に合わせるのです。急がねば!
と、言うわけで今日は珍しくハルコのおでんレシピです。

昆布は大鍋で前夜から浸透させています。これを弱火で沸騰させないようにして、昆布だしを取ります。ちなみに、ハルコにはおでん作りのお師匠さんがいるのです。「銀座とよだ」の岡本圭一さん仕込みです。
お師匠さんから教わった“おでんのだしのキモは、
(1)醤油を使わない。
(2)だしに鶏ガラスープを使う。の2点でした。
これをさらに進化(実は手抜き)をして、「ハルコ的おでん」にしたのです。
当然練り物は既製品なのですが、大根は絶対必需品なので外せません。あとはジャガイモがあれば入れる程度でしょうか。
一度タマネギを入れたのですが、旨味が強すぎてポトフに転んでしまいました。

ハルコのおでんの味付けは超シンプルです。
以前は(昆布+カツオ節)で取っただしを昆布のみに変えて、チキンブイヨン(無添加もの)と酒を合わせるだけで、塩すら入れません。
おでん種は沸騰した湯にくぐらせて、必ず油抜きをします。充分に油を抜かないとダメですね。

鍋に大根を沈めて、おでん種を投入してだしを張り、加熱します。その時に上にキッチンペーパーを落としぶたの代わりにして、さらに上に浮いてくる余分な油を吸収させます。
ここで、だしの味見をして塩気が足りなければ足しますが、何せ極上のおでん種なので、極力他の味は入れません。飲んで旨いくらいがベストですね。
これを何度か加熱して火を止め(実際には一定温度でおくと味が染みてくる)、温度が下がったらまた加熱し、火を止めて……を4回ほど繰り返します。





わが家では大鍋で作って土鍋に移し、そのまま食卓で加熱します。
はんぺんは食べる直前に投入するのですが、まぁ、だしを吸うこと吸うこと。余分にだしを用意して、足していくのが肝心ですね。
どうですか? おでんが食べたくなったでしょう。

2013年12月12日木曜日

小津安二郎

朝からキッチンステージセミナーの立ち会いでしたが、通常より15分長く、終了後は笠原さんや桝谷さんと一緒に写真を撮りたいお客様の写メを随分撮りました。
とりあえず2回のセミナーも終了し、人気盛況で安心してます。

今日は映画監督の小津安二郎の生誕110年にして没後50年の日なのです(1903-1963年)。生没日が同じって凄いですね。
小津さんの映画には実によく飲食シーンが出てきますが、彼自身が大変な食いしん坊だったのです。
小津さんは生前、2冊の手帖(鎌倉文学館寄託)を残しており、これ自体がその当時のグルメガイドにもなっているのです。
今日はこの小津安二郎の食卓や外食を描いた3冊の本のご紹介します。
そういえば、ハルコがブログを始めた当初は、「食に関する本」を紹介するのが目的だったんですが、本人がすっかり忘れてました(いやはや)。


3冊とも(と言っても現在手元にあるもので)貴田庄氏の『小津安二郎の食卓(ちくま文庫)』、『小津安二郎美食三昧(関東編)』、『小津安二郎美食三昧(関西編)』です。
いくつかはハルコも行った事のある店で、竹葉亭銀座店(鰻)、新宿中村屋(カレー)、いせ源(あんこう)、レバンテ(洋食)、総本家長坂更科布屋太兵衛(そば)、笹乃雪(豆富)、銀乃塔(シチュー)、みの屋(桜なべ)、お多幸(おでん)、ぼたん(鳥すきやき)……。
以上は東京ですが、再読してみると関西も瓢亭始めいくつもありますね。
どうも、この辺の店はハルコも大好きな店が多いようです。
週末は小津安二郎の店回り散歩も良いかもしれませんね。
※写真は鳥すきやきの「ぼたん」

2013年12月11日水曜日

和食とだしの関係

和食が世界無形文化遺産に登録され、京都でそれを推進してきた方々が「和食で一番重要なものは“だし”である」とメッセージしているのを見て違和感を感じていたのです。

元々は“日本料理”、さらに言うなら“京料理”を世界無形文化遺産に登録させようと運動していたところ、韓国の“宮廷料理”が登録出来なかった事例を踏まえ、“和食”と大きな括りにして登録が実現したと聞いてます。
また、京都の中でも「和食=日本料理=京料理」を世界にグローバル化して発信したい人も、「京料理はドメステックな料理で、広げる必要はない」と言っている人もおります。これはそれぞれの考え方なので、とやかく言うつもりはありません。

冒頭の「和食=だし」という方程式は、元々の発信者が京料理の重鎮で、それゆえに発信していることに非常に違和感を感じているのです。
これが、「日本料理=京料理=だしが重要」なら理解出来るのですが、「だし=うまみ」を押し出されると、「ちょっと待ってよ。それは料理屋さんの発想で「和食=家庭料理」ではないでしょう」と考えるのです。
この辺の間口を広げながら、果たして日本と日本人の和食と合致するのだろうか?と思うのです。

だしに関しては、以前から深い関心を持っていたので、あまりにも安直に言い切られると「どうなの?」と思うのです。
例えば「フレンチのシェフがだしを使った料理を提供している、これでだしはグローバル化しているのだ」という意見があるとします。
それはそれで良いのですが、だしと水の関係を考慮しないと、とんでもないことになります。


ここに掲載している写真は16年も前に企画した一般向けの日本料理(和食じゃありませんよ)の見開きです。
左は京都の村田さん右は東京の野崎さん。この二人(他に5人)に依頼して、基本のだしの引き方を撮影したものです。
水の良い京都では、昆布と鰹節を連続して使用しており、野崎さんは昆布を引いた後に、一度沸騰させてから差し水をして温度を下げて、鰹節を入れています。
日本のだしは完全にインスタントですが、良質の水があってこその“だし”なのです。
まず、家庭で毎日こんな面倒なことはしませんよね。

そんな経緯で野崎さんと一緒に、家庭で簡単にだしの取れる「だしポット」を考案し、これがまた随分と売れたのですが、野崎さんは以前から「家庭で取るだしと料理屋さんのだしは違う」と言ってます。
味噌汁だって、中に入れる野菜や具材からだしが取れるし、良い味噌ならだしなんか無くても良いということです。
逆に素材から良いだしが取れるのに、だしを入れて料理自体を台無しにしているのも多いとのこと。(続く)

2013年12月10日火曜日

和食って、今更何?

昨日は終日撮影で、事務所へ一時帰還したのはわずか10分という慌しさでした。
このところ土日も仕事で、完全にくたびれモードなハルコです。


和食が世界無形文化遺産に登録され、にわかに話題となっていますが、ハルコは逆に和食って何だろう?と、考えました。
日本の食卓から基本となる一汁三菜が消えかかっている危機感から、それを本来の形に戻す・啓蒙する、と言う運動の成果ですが、日本の歴史の中で、和食という概念はそんなに昔から続いているわけではなかった、とハルコは考えているのです。

ずーっと昔からそんな食生活が存在していたというのは、共同幻想ではないかとハルコは考えました。
以前、米の事をブログでも書きましたが、米が主食であると言うのも半分は正しく、半分は違うと思うのです。それは、こう在りたいと思うという事で、そのことに最近何か違和感を感じてしまうのです。
また、だしもひとつの流行ですがこれもこの10年くらいの話で、昔からだし文化があったのかというのも同様です。

現在目の前にある事が昔から続いていたような錯覚は、もう一度歴史から再検討すべきではないでしょうか。
時間を作り、レシピの考古学を考えよう。

2013年12月9日月曜日

本日は終日撮影!


本日は終日撮影のため、ブログはお休みです。
撮影現場からのお届けでした。

近況はFBで発信しております。
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2013年12月6日金曜日

お手伝いハルコ生誕15年物語


今から15年前、1998年年12月にお手伝いハルコは誕生しました。
その頃はオクサマが家庭画報の編集長になり、毎日毎日遅くまで仕事をするか、明け方帰って来て着替えてまた仕事に行く、というハードな日々だったのです。
あまりにもヨレヨレで“不憫に思い”、私(まだ、ハルコではない)は朝ご飯を作ったり、家事をする“主夫(ハウスハズバンド)になったのです。
それなら楽しく家事をしよう、と自分の名前の“晴彦”をカタカナの“ハルコ”に改めて、さらに冠に“お手伝い”を付け、三角巾と割烹着をトレードマークに遊んでいました。
そして妻の事を“オクサマ”と呼び、妻も私の事を“ハルコ”と呼ぶようになったのです。

あれから15年の月日が流れ、もはや私は>身も心も“ハルコ”になってしまいました。
話は15年前に戻ります。
年末年始をフランスで過ごすためにバタバタしていましたが、毎回旅行に行くときはグルメガイドのパロディーで「GOetMIYO」という絵日記を描いていたのです。
これが初めて「お手伝いハルコ」のキャラクタ-が誕生した最初の絵です。
変な絵ですね!

2013年12月5日木曜日

禁酒法の時代

昨夜は「油断大敵教会」の年に1度のミサ(?)に出席し、思い切り「脂」の恩恵を受けるため絶食して出向いたのですが、体重は高値安定でした。
本当に、“マジ”ダイエットしないと!

ハルコは20年程前に、『ワトソン』という雑誌の編集をしていたことがあります。
テーマはずばり“法律”です。
えっ、ハルコにそんな堅い雑誌が作れるのかって?
いや、内容は法律をベースに笑える雑誌、という方針だったのです。


まず誌名の『ワトソン』は、お馴染みシャーロック・ホームズの相棒のワトソン君です。マークは、ワトソンがあまりにくだらないことを言うので、ホームズが笑い過ぎてパイプを落とす、というものです。
おまけに、その頃は誌名に“JAPAN"を付けるのが流行っていたので、それに便乗して『ワトソンJAPAN』と名付けました。
さらにさらに、この『ワトソンJAPAN』は、実はイギリスにある雑師の日本版という仕掛けにしたのです。
UK版の編集長はオーモンド・サッカーという名前にしたのですが、これはワトソン君が通っていた歯科医の名前で、日本版刊行の辞をそれっぽくでっち上げ、それを英語に翻訳して冒頭に載せ、ハルコがオーモンド・サッカーの偽サインを書いて入れたのです。

そんな経緯の雑誌でしたが、その当時の『朝日ジャーナル』には「うさんくさい雑誌」と非難され、逆に『噂の真相』からは「素晴らしい雑誌だ」とお褒めの言葉をいただいたのです。
都合、大判で4冊、小型判で4冊。合計8冊を出して廃刊になりました、その最終号を朝日新聞の日曜の読書欄で、コラムニストの山崎浩一さん「この雑誌の廃刊は残念だ、もっと早く支援しておくべきだった」と書いてくださったのです。

えっ、タイトルの「禁酒法の時代」はどうしたって?
「ワトソン」の第2号でハルコが考えた企画が「悪法の研究」で、その当時ですが、リゾート法、国籍法・戸籍法、生類の哀れみの令、それにアメリカの「禁酒法」だったのです。
今日12月5日は、世紀の悪法と呼ばれていた「アメリカ禁酒法」が14年ぶりに廃止になった日です。
今、話題の「秘密保護法案」はハルコが「ワトソン」の編集をしていたら、どう解釈しているでしょうか。

2013年12月4日水曜日

危険な深夜のラーメン!

伊勢丹キッチンステージで、いよいよ本日から笠原将弘さんと桝谷周一郎さんによる岩手県のコラボ「自然と食への感謝」がスタートします。

今年の7月に、岩手県の産業創造アドバイザーという、いささかハルコの身に余る肩書きを頂戴してから、まず岩手と料理人さんのコラボを絶対に実現しようと、5ヶ月間、企画を考え、関係者を説得し、10月に笠原さん桝谷さんよ一緒に岩手を廻り……。
思えばあっと言う間でした。
ハルコとしては、これが今年力を入れた〆の仕事になります。

平行して他の仕事も進めているので、昨日は午後からは来年のキッチンステージで開催する、銀座カンセイの坂田幹靖さんの撮影をしておりました。
朝から蕎麦におにぎりを食べて、撮影後に料理の試食をし、さらにその後の打ち合わせにビールを飲んで、その後に4日に移転オープンしたオステリアルッカの桝谷周一郎さんのお店に、貝印関係者と出かけてディナー。
ルッカに着いた時には既にお腹が一杯の状態でしたが、料理が美味しくワインもガバガバ飲んでしまいました。

さらに満腹になってお店を後にしたのですが、ルッカの隣がラーメン屋さん。
やはりお酒を飲み過ぎた後には汁物が欲しくなり、いけないと思いつつ男性4名でラーメンを食べてしまいました。
キッチンステージの小山シェフが、何だか判らないトンコツ系のラーメンに、大量のパルメザンチーズ(写真)を注文。
ハルコは比較的普通のラーメン(でも脂っこい)を食べながら、またビールを飲んだのでした。

案の定、今朝は若干二日酔い+体重が3キロ増加!
あぁ、なんということでししょうか。

おまけに、昨夜のラーメン屋さんは外で食べていたので、ルッカから出て来た桝谷さんと笠原さんに見つかり、指をさされて笑われる始末。
今晩は今晩で「油断大敵教会」のイベントがあり、また体重増加の恐れ。
この12月はハルコの体重と健康は一体どうなることやら。

2013年12月3日火曜日

肉を焼くのは難しい!

肉が好きです。
しかし肉を焼くのは難しい、と最近とみに思うのです。
このところ岩手へ短角牛の牧場を訪れたり、肉について考えたり賞味したりする機会が多いせいもありますが、まず肉の基本がよく判っていないと改めてわかりました。

奈良時代、675年に天武天皇が肉食を禁止してから1000年以上も日本では禁忌食でした。
明治天皇が明治5年(1872年)に禁忌を解くという公布をするまで、表向きは非肉食民族だったので、一般庶民の肉の食文化は低いレベルだったのは当然ですね。
昔は、肉はご馳走という感覚だったのが、現在では日常食へと広がってきました。
ハルコも数週間に一度は焼肉屋さんで肉を焼き、自宅でもよく肉料理をします。

ところが、です。やはり、肉に対しての知識が無いので、焼き過ぎて固くなり、オクサマに「本当にハルコは肉を焼くのがヘタ!」と言われる始末なのです。
一番の悪いところは、肉を頻繁に返す癖です。
過去にハルコの雑誌連載で肉は、北島亭、ヌキテパ、ひらまつ、Wakiya……と修行したのに、どうしてでしょうか。

それ以上に判らないのが肉の分別です。
最近は赤身肉の評価が高いようですが、赤身肉の“赤”が何故赤いかご存知でしようか?
えっ、血の色? 屠畜する際に血抜きはしているので、血の色ではないようなのです。
肉=筋肉の中にはミオシン分子アクチン分子があり、これらが働く時にも酸素を使いますが、血管の運ぶ酸素ではとても足りないのです。
そこで筋肉は、ミオグロビンという専用のたんぱく質に酸素を与えていて、酸素を取り込めば赤く、失えば紫色になるのです。スーパーの肉売場でも見かけますね。簡単に言うと肉の酸欠状態です。
また、必要なミオグロビンは筋肉の種類でも違い、よく使う筋肉はミオグロビンが多いので赤黒く、あまり使わない筋肉は淡い色なのです。

肉の色ひとつ取っても、こんなにたくさん勉強してやっとわかるのです。
難しいことは考えず、美味しく食べられれば良いと思っているハルコなのでした。

2013年12月2日月曜日

味覚よりも嗅覚か?

先週末のNHKBSの番組で、世界のドキュメンタリー・シリーズ「育てる・食べる・味わう」をご覧になった方もいるのではないでしょうか。
いや、非常に興味深い内容でした。
これはイギリスのBBCが今年制作したものでしたが、味覚がテーマで、研究の最前線を取材し、私たちはどのように「おいしさ」を感じているのかを解説。さらに、そのメカニズムを利用して「“おいしいけど不健康”な現代の食べ物を、“健康的でおいしく感じる”食べ物に変える」という試みを探るという内容でした。


そして今回の話の中心は「嗅覚」です。
先週、電車の中で不快な匂いに遭遇したことをブログに書きましたが、ハルコは以前から、食における「嗅覚」には並々ならぬ興味があるのです。
番組では、嗅覚障害があり「味がわからない」状態になった女性が登場しました。甘味や酸味などを感じることはできても、チョコレートアイスとバニラアイスの味の違いがわからなくなったという症例を出して、匂いの本質は何なのかを掘り下げていました。

嗅覚は、まず「揮発性物質(volatiles)」が鼻から入る気体中の物質を関知して、嗅覚器を刺激して生じます。これを「オルソネーザル(鼻腔香気)」と呼びます。
もう一つ、味わいの決め手になるのが「レトロネーザル(口腔香気)」です。
これは、食べ物を口に含んで咀嚼しているときに揮発する物質と、喉の奥から鼻に回って嗅覚を刺激するもの、この二つが味覚と嗅覚刺激が脳に到達して、総合的に「味わい」を形成するのだそうです。
例えば自分自身でも、料理屋さんで初めて飲んだ銘柄のワインのようでも、口に含んでその「鼻腔香気」と「口腔香気」を感じることによって、「あれ、これ前にどこかで飲んだ?」と、思い出す事がよくあります。
そうすると、そのときのレストランや何を食べていたかも一緒に思い出すのです。

番組の後半は、トマトの味を探求していた学者さんがトマトの味を分析した結果、甘味だけではおいしさを説明できないことを見いだし、やはり揮発性物質の「ゲラニアール」と「イソ吉草酸」が決め手であると突き止めたそうです。
番組ではこの二つの匂いを、ゲラニアールは花あるいは香水の匂い、イソ吉草酸は不快なニオイで汗のしみこんだ靴下のニオイ・更衣室のニオイだと分析し、これはそれぞれ単体では甘味もトマトの風味もない物質なのだそうです。
人間の脳って随分ダマされているんですね。こうなると、食品偽装なんかカワイイものです。

化学的な組み合せで、どんな味覚も「匂い」だけで作れてしまうのですね。
自然と科学でのせめぎ合いの世界ですが、やはり本物を知らないとダメだ、と思うハルコでした。
※写真はハルコ所有のソムリエ養成用の「匂い」のキットです。