2013年10月31日木曜日

またまた、食の不審。新鮮って!?

今日で10月も最後ですね。何だか今年は、夏から冬に向っているような感じです。

今月はまたまた、食への不審・偽装疑惑が連続して噴出していますね。
あの帝国ホテルも以前に、パックのジュースをフレッシュと表示していたとか。
これって切りが無いですね。
今日書くブログは真逆の内容です。
フレッシュ、新鮮はそんなにエラいのか!と言うことです。


「採れたて」「捕れたて」「新鮮なまま食卓へ」的な文言はよく目にしますが、何を基準に新鮮と考えるのかは曖昧です。
例えば、もう季節は過ぎましたが枝豆の一番美味しい食べ方は、枝豆畑の側で湯を沸かして、引き抜いた枝豆をすぐにその場で茹でる。
これが最高だと言いますが、そんな食べ方はした事がありません。
せいぜい、新潟に滞在している時に、その日の朝に収穫された枝豆を昼に茹でて食べるくらいです。
普通は収穫されてから1〜2日が新鮮かなぁという判断で、最近は枝付きのままで枝豆の鮮度を保とうとしているものもありますね。
しかし冷凍枝豆は1年中出回っており、それは収穫して直ぐに冷蔵処理をしていれば新鮮と言えないこともない。
鮮魚にしても直ぐに冷蔵処理すれば、新鮮さをある程度保てるとも思うのですが。

フレッシュと言って法外な価格を取るのは大問題ですが、新鮮神話をもう一度考え直した方が良いのではないか、とハルコは思うのです。
なんたって、乾物好きですからね。

2013年10月30日水曜日

救荒二物孝


このところ、岩手関連の食に関して色々と考えているのですが、その中の一つのテーマに“雑穀”があります。
雑穀というのは、米や大麦に対して「雑多な穀物」という意味らしいのです。
昔から冷害の多い地域なので、米や大麦が収穫出来ない替わりに、粟や稗などを食べていました。雑穀は、あまり豊かではない地域での貴重な食べ物だったのです。

同じ岩手県の水沢市の生まれに高野長英なる人物がおりますが、日本史の教科書で一度はお目にかかっていると思います。
えっ、そんな人知らないって? 困ったもんですね。
高野長英という人は医者で蘭学者であり、最期は世にいう「蛮社(ばんと)の獄」で死に至るのですが、今日10月30日が命日なのです。
長英が生きた時代に「天保の大飢饉」があり、天保4年(1833年)から7年続きました。特に関東・東北の惨状は目を覆うばかりでした。
長英は、この天保の凶作に際して庶民の窮乏を救うため、天保7(1836)年、医者ながら『勸農備荒 二物考』という本を著し、早生ソバと馬鈴薯(ジャガイモ)のふたつの栽培をすすめたのでした。
これが「救荒二物孝」なのですが、日本人はコメに慣れ親しんでいたせいかジャガイモはさほど普及せず、ジャガイモが注目されだしたのは明治半ば以降なのです。
長英さんは早過ぎたのですね。


今から13年前、編集者の友人と雑談していて、男性が好きな料理のランキングの第1位は「肉じゃが」だという話題になりました。
その時彼(北海道生まれ)は「オレ子どもの頃、一度も肉じゃが食べた事がない!」という話が出て、二人で相談しながら1冊の本が出来たのです。
『肉じゃがは謎がイッパイなのだ!』(小学館文庫)というタイトルで、肉じゃがはいつ、どこから出て来たのか?と、いうミステリーを読み解く手法で書かれた本です。
もう絶版になっていますが、1章ごとに二人で検証しながら作っていたのです。
肉じゃがはイギリスの海軍料理から、東郷平八郎が日本へ持ち帰り、戦後にNHKの『きょうの料理』の中で短い料理名になり、さらにフリードリッヒ大王が救荒作物として奨励した……。
どこかで、見つけたら読んでください。
著者の三木章こと川本敏郎も10月に天国へ召されて、何回目の秋を迎えたでしょうか。

2013年10月29日火曜日

食の不審(後)……冷蔵流通


宅配業者が、クール宅急便の一部の営業所でルールを守っていない、というニュースも多くの問題がありますね。
ちょうど今月のハルコのブログ(10月18日「冷凍食品の日」)にも書きました。

10月18日は、日本冷凍食品協会が1986年に制定した「冷凍食品の日」なのです。
大体記念日は語呂合わせが多いですが、「冷凍食品の日」も10月は冷凍の「10=とう」から採択していますが、18は日には実は意味があるのです。
18という数字は冷凍食品の最適温度の「18℃」が由来なのですが、知ってました?

冷凍食品の温度(品温)は、生産・貯蔵・輸送・配送・販売の各段階を通じ、一貫して常に−18℃以下に保つように管理するのがルールなのだそうです。
ちなみに冷蔵(チルド)という言葉も聞きますが、これは「氷温(0〜からマイナス5℃)に近い温度で流通・保存する」という意味です。
このマイナス18℃は調理用冷凍食品の温度で、アイスクリーム類はマイナス25℃、冷凍マグロでマイナス50℃になるのです。
というように、厳密なルールがあるのですが、一々冷蔵庫の扉の開閉をするのが面倒だったのでしょうか。しかし、常温の荷物と冷蔵、冷凍を同じ状態で1日も放置しているのは、ルール以前の意識の問題ですね。

以前、暑い時期にクール宅急便が自宅に来た時のことですが、着いた時点で中の冷蔵品が解凍されており、段ボールが水でびしゃびしゃしていたことがありました。
それは、やはり常温で放置されていたのでしょうか?

冷蔵・冷凍を前提とした食品が沢山ありますが、これは流通網が整備されているのを前提としています。
遠隔地にある食材が、冷蔵・冷凍技術の進歩で便利になり、食卓が豊かになった恩恵は多々ありますが、その便利さに頼る社会が災害によって破綻をきたす、という事を今更ながらですが、肝に命じておくべきですね。

2013年10月28日月曜日

食の不審(前)……偽装問題

先週の金曜日は本当にハードな1日でした。
午前中から洗足でタカコナカムラさんの打合せ、銀座に移動してKANSIの坂田さんと打ち合わせをして、岩本町で貝印キッチンステージの会議4時間半の後、閉店後の伊勢丹で年末年始に実施する小山シェフのレシピ撮影。
終了して伊勢丹を出たのが22時半で、自宅に帰りビールだけ飲んで就寝。
そんなこんなでしたが、また食の不審に繋がる問題がホテルのレストランから発生していますね。
これは、他山の石ではない問題なのです。


今回は、大手のホテルチェーンと関西を代表する名門ホテルが、図らずも表に出て来ましたが、これは氷山の一角のような気がします。
以前には老舗の菓子店、老舗の料亭が、食品偽装や賞味期限や食材の再度の使用問題で大騒ぎになりましたが、しばらく鳴りを潜めていたのが露見しましたね。
まさに、のど元過ぎれば熱さを忘れるということでしょうか。
この問題に関しては、ニュースで沢山報道されているので今更説明はしません。経営陣は現場の責任にしていますが、そんなことは複合的な責任問題だと思うのです。
食品表示で、冷凍なのに新鮮魚と表示してますが、最初から新鮮な冷凍魚(?)とでもしておけば良かったのに。

ハルコも関わっているキッチンステージでも、最初の企画段階から食材は重要な案件になります。
まず、食材の特定地域やブランド表示。実際にメニュー展開をする3~4ヶ月前にシェフ達と相談するのですが、その段階で3ヶ月先の食材がまだ入手出来ていなかったり、まずその実施する週に入手出来るかどうかが問題になります。
また、本当は「○○豚(ブランド豚)」を使用したいけれど、食材のコストが高くて代替にする時は、単に「豚」と表示するだけになりますが、当然のことですね。

はっきり言って、キッチンステージの原価率は普通のレストランよりも高いのです。
高い食材を使用すると言っても、そんなに売価に反映させるわけではなく、シェフがこれを使いたいというものを優先して料理をお出ししています。
でも、それでは成り立たないので、何とか工夫をしてロスのでないメニュー作りをしていますが、週によって随分バラツキが出てしまいます。

確かに、売れの残りの廃棄は“もったいない”とは思いますが、キッチンステージだけではなく、三越伊勢丹全体の信頼問題にもなるので、これは、最大限の注意を払うのは当然のことです。
和食が12月に世界遺産に登録されるのに、ホテルのレストランが偽装(誤表示と言っていますが)で問題になるのは、ホテルの責任者の方々は日本全体の食への信頼の問題だとは思わないでしょうか?

“おもてなし”が台無しです!

2013年10月25日金曜日

豊村薫「薬膳本」発売です!

昨日・今日はほとんど事務所に居られず、天気の悪い中外で仕事しております。


さぁ、いよいよ本日豊村薫著『2皿で、かんたん薬膳』発売です。
昨年はじめてお会いした時に、薫先生のレシピ本を作りたいと思って、密かに企画書を作り、出版社へ持ち込んでいました。
その間薫先生には一切知らせずに、企画が正式に通ってから電話したのです。
まぁ、普通こんな進め方はしませんね。

薫先生は岩手県の一関市出身で、ハルコとも同県人なのです。
今回も、ハルコが岩手県の産業創造アドバイザーに就任したので、岩手の食材や工芸品を使って料理していただきました。

現在の健康やダイエット本のルーツを辿ると、行き着く先は薬膳にぶつかるのです。
しかし薬膳という名前では、なかなか本として売れにくいのですが、今回の本は写真も美しくスタイリッシュに仕上がったと思います。
皆様よろしくお願いいたします。

からだがたべたいものを たべる
『2皿で、かんたん薬膳』豊村薫 著
B5変型 96ページ 定価:1300円+税
世界文化社より刊行

2013年10月23日水曜日

順列組合せ


外食をする時、と、言うより店を選ぶ時の話ですが、
その店を選ぶ基準を単純に、
A(旨い) B(安い) (不味い) D(高い)と仮定すると、
A+B=旨くて安い
A+D=旨くて高い
B+C=安くて不味い
C+D=不味くて高い
と、普通はなりますね(安くて高い、安くて不味いは微妙ですが)。

これに、
(サービスが良い) F(サービスが悪い)とすると、
A+B+E=旨くて安くてサービスが良い
こんな店なら毎日でも行きたくなりますね。

その真逆で、
C+D+F=不味くて高くてサービスが悪い
こんな店は早晩潰れてしまうでしょう。
過去に随分この手の店にも行きましたが、バブル期に多く出現していました。
その当時を思い出しても異常としか言いようのない、信じられない店があったのです。

さて、これにさらに
(居心地が良い) (居心地が悪い)
これは、かなり難問です。
A+B+E+G=旨くて安くてサービスが良く居心地が良い
理想な店ですが、店自体は常連さんばかりのような気がしますね。

長い間に色々な店に通うのですが、A~Gの順列組合せによって長く通えるのか、単に1、2回の縁なのかと違いが出ます。
これに(自分にとって)と加えると、もっとはっきりします。しかし(誰にでも)という計算は難しいですね。
その辺がレストラン評価の問題だ、と以前から思っているのです。

(自分にとって)A+B+E+G=(教えたくない)

2013年10月22日火曜日

本日”カサマス”撮影

昨晩は臨時月イチ“はしぐち”でした。
この所台風が立て続けに来ており、橋口さん曰く「良い魚が入手できていません」
今週も来週も台風が連続して来るので、鮨やさんも大変ですね。


と言いつつ、実はこちらも台風のせいで食材の入手が遅れています。
今月の始めに、3日間岩手県の食材捜しをしてきたのですが、台風の影響で一部遅れが出ているのです。
伊勢丹キッチンステージで12月4日から3週間に渡り、「賛否両論」の笠原将弘さん「オステリアルッカ」の桝谷周一郎さんの二人のコラボでメニューを展開をしますが、本日はその撮影なのです。
雨は降らないようですが、あまり天気は良くないですね。
天気ならお二人を自然光で撮ろうと思っていたのですが、今日は屋内ですね。
さぁ、これから撮影に出かけます。
岩手の食材が、どんな料理になっているか楽しみです。

2013年10月21日月曜日

湯豆腐

さすがに10月も後半過ぎると朝夕寒くなりますね。
日曜は夏物と冬物の入れ替えをしていましたが、微妙に温度が上下するので、どこまで仕舞うか悩む所です。まだ冬物のコート類は出していませんが、来月下旬に岩手の北の方まで行くので、この時は完全防寒が必要ですね。


そんな日曜日の晩ご飯に「湯豆腐」をいただきましたが、1年を通して、暑い時は冷奴豆腐、寒い時は湯豆腐と、豆腐の出番は多いですね。
手軽で安く美味しい、と三拍子揃っていますが、考えてみたら小さい頃に湯豆腐を食べた記憶はありません。
豆腐はいつも、汁の中身か鍋物やすき焼きに入っているもので、単体の湯豆腐を初めて食べたのはいつなのか、全然思い出せません。

湯豆腐は今は全国区ですが、やはり京都ですね。
京都では南禅寺はじめ、随分湯豆腐をいただきましたが、元々は祇園豆腐で最初は田楽なのです。
田楽はふつう、豆腐に1本の串を刺して、囲炉裏の灰に立てて焼きますが、京都の八坂神社の二軒茶屋では串を2本刺し、うなぎの蒲焼きのように横にして焼き、焼き上がった豆腐に白みそをつける京都風です。
そして有名な南禅寺の湯豆腐ですが、旨いのですが何だかハルコには物足りないですね。
湯豆腐でお酒をいただき、軽く食べる……。腹持ちはしませんが、それは野暮というものでしょうか。
東京でも、何回か有名な豆料理店で豆腐尽くしもいただきましたが、途中で飽きてしまいますね。
豆腐は毎日食べていても飽きませんが、これがコースになると敬遠したくなりますね。それゆえ、豆腐料理専門店には20年は行っていません。

湯豆腐に興味を持ったのは、もしかして司馬遼太郎の『花神』を読んでからではないか、と今気がつきました。
『花神』の主人公 村田蔵六(のちの大村益次郎)は湯豆腐が大好きで、毎晩というくらい食べており、中村梅之助さんが主人公を演じたNHKの大河ドラマの中でも、よく食べていました。
この時代の豆腐は、落としても割れないくらいの固い豆腐だったようですね。

やはり、酒を飲む歳になってから湯豆腐好きになったようで、「家庭で食べるのが一番」という結論なのでした。

写真はweb辞典(http://www.web-jiten.jp/)より借用。

2013年10月18日金曜日

冷凍食品マイナス18℃

考えてみると人類の歴史は、食糧をいかに長く保存するかの歴史だったような気がしませんか?
その時はたくさんある食物も、時間と共に腐ったりして食べられなくなる。
そのために、食物を乾燥させて粉にしたり、塩や脂に漬け込んだり、あるいは発酵させたものをそれ以上発酵させないようにしたり、保存料を加えて化学的に腐らせなくしたり、と長い歴史の中で工夫してきました。


今日は、日本冷凍食品協会が1986年に制定した「冷凍食品の日」なのです。
大体記念日は語呂合わせが多いですが、「冷凍食品の日」も10月は冷凍の「10=とう」から採択していますが、18は日には実は意味があるのです。
18という数字は冷凍食品の最適温度の「18℃」が由来なのですが、知ってました?

冷凍食品の温度(品温)は、生産・貯蔵・輸送・配送・販売の各段階を通じ、一貫して常に−18℃以下に保つように管理するのがルールなのだそうです。
ちなみに、冷蔵(チルド)という言葉も聞きますが、これは氷温(0〜からマイナス5℃)に近い温度で流通、保存するという意味です。
このマイナス18℃は調理用冷凍食品の温度でアイスクリーム類はマイナス25℃、冷凍マグロでマイナス50℃になるのです。

今は業務用ばかりではなく、家庭用でも冷蔵能力が高くなって、生活には欠かせない保存方法ですね。
確かに便利で、冷蔵保存法が無いと生産や流通が成り立ちませんが、その背景には電気の力があっての話です。
先日にもブログで書きましたが、これも「神の右手と悪魔の左手」の関係です。
もう一度、人類の食の保存の歴史の勉強をしてみるのも良いですね。

2013年10月17日木曜日

ハルコは皿洗い名人!?

先日、貝印のカイハウスにて『極旨パスタ』の出版記念イベントで、3イタリアンシェフのパスタ競演がありました。
お客さんは30人程でしたが、それぞれ1皿ずつパスタを作るので、皿数がかなりの枚数になります。
イベント終了後に、ハルコは皿洗いのお手伝いをしておりました。
すると、イベントの手伝いに参加していた女性陣から「随分手慣れてますね」と言われたのです。
他の人からも、随分皿洗いが上手だと褒められました。
人生長く生きていて、皿洗いを褒められたのは初めてのことで、何だか恥ずかしいような……。


お手伝いハルコと名乗ってかれこれ15年になりますが、実は皿洗いがお手伝いの原点だったのです。
昔は料理や家事なんてしてませんでしたが、ある時に「皿洗いくらい」、と思って皿洗いをしたのですが、オクサマから「何で皿の裏を洗わないの!」と怒られてしまったのです。皿は中を洗ってきれいにしたつもりですが、重ねている裏の方の汚れをとらないと、キレイにならないんですね。
こんな当たり前のことすら知らなかったのです。

ある時に、有名な栄養士で料理研究家のスタジオで撮影をしていたら、先生のアシスタントの動きが見事で、見惚れていました。
先生の邪魔にならないように、必要な物や次の行動を事前に行うのですが、さながら舞台のバレリーナのように的確で優雅なのです。
ハルコ、はたと思いました。「これだ!」
家に帰ってやりましたよ、優雅なアシスタントのようにお手伝いをしようと。

オクサマのお言葉は「ハルコ、私の周りで盆踊りなんかしないで!」

2013年10月16日水曜日

やなせたかしのまんが学校

大きな台風でしたね。
13日にやなせたかしさんが亡くなったというニュースは、皆さんご存知のことと思います。
ニュースを観た瞬間に、半世紀前のテレビを思い出しました。


1964年というと「東京オリンピック」の年ですが、この年の4月6日にNHKで「まんが学校」という番組が始まりました。夕方の6時から25分ほどの番組で、4年間続きました。
この頃、小学生のハルコは「将来はまんが家になるんだ!」と考えていて、毎週番組を楽しみにしていたのです。
この番組のまんが指導がやなせたかしさんだったのです。
そして、司会は何と立川談志なのです!

この番組で一コマまんがを募集して、やなせさんが講評するコーナーが人気でした。
ハルコは一度だけ、まんがを描いて応募したことがあったのです。
えっ、結果は!?
まぁ、ご想像におまかせします……。

長じて出版関係の仕事に就いて、その頃神田にあったフレーベル館という出版社にも出入りしていました。
やがて、フレーベル館は会社を本駒込に移転しましたが、入口には立派な“アンパンマン”の像が建ったのでした。

ご冥福をお祈りします。

2013年10月15日火曜日

夢の中で仕事をする!?

この3連休は、セミナーやら何やかやで仕事をしていました。
と言ってもハルコの場合、仕事と遊びの境界線は曖昧なのですが。

以前読んでいた本で「夢は前日の記憶を、寝ている間に脳の扁桃核と海馬で記憶させるか消滅させるかを決めていて、その過程が夢である」という内容がありました。
実は、ハルコは結構夢の中で仕事をしているのです。


起きている時に解決の出来ない問題を、寝ている間に解決していくのですが、問題は「夢の中で解決した時に目覚めないと答えが判らない」ということです。
その時は必死で起き上がり、急いで忘れない内にメモを取るのですが、またこれが寝ぼけているので、書いたはずの字が読めなかったりするのです。

この夢の中で仕事をする方法は、寝る前に解決したい問題点を何度も何度も繰り返し、呪文のように唱えながら寝ると(その時に画像等の視覚的なものも見ながら)、夢の中で仕事が出来るのです。

えっ、寝てる時まで仕事なんかしたくないって?
ごもっともです。でも、本当の話なのですよ!

2013年10月11日金曜日

リンゴの唄

先週3日間、岩手食材の旅をして来ましたが、その時に訪れた1軒がリンゴ農家でした。リンゴ園はハルコにとって懐かしい場所なのです。


伯母夫婦がリンゴ園を経営していたので、秋になると遊びに行ってリンゴの収穫を手伝っていたのです。
と言うと良いのですが、子ども達は下に落ちて売り物にならないリンゴ拾いをさせられていましたね。
このリンゴの皮を剝いて、大鍋でリンゴの煮込みを作るのですが、今なら差し詰め“コンポート”でしょうけれど、その当時のリンゴは酸っぱい萬紅や印度、国光で、煮てもさほど美味しいとは思いませんでした。
そのリンゴが我が家に大きな木箱で沢山来て、それを売っていた事もありました。

従兄弟とリンゴ園を駆け巡り、リンゴの樹によじ登り、リンゴを丸かじりしたりして終日遊んでいました。
写真はその時の記念撮影です。
父母、伯母、叔母、従兄弟、妹と映っている思い出の1枚ですが、今はこのリンゴ園も無くなってしまいました。

今日10月11日は、戦後直ぐの1945年に初めて「そよ風」という映画が封切りされた日です。
この映画は主題歌「リンゴの唄」が日本中に広がったことで有名ですね。
サトーハチローの「♫赤いリンゴに唇よせて~♫」で日本は元気付けられたのですね。

2013年10月10日木曜日

日々是ハルコ哉。

今日のタイトルはそのままブログのタイトルです。
昨日ブログをアップしようとしましたが、余裕がなく出来ませんでした。

元々、ブログタイトルの「日々是」は中国唐時代の雲門文偃(ぶんえん)禅師の「日々是好日」からの借用です。
雲門禅師はある日、大勢の弟子たちに向かって「十五日以前のことはさておき、これからの十五日以後の心境を一言で述べなさい」と言いました。
しかし、誰も直ぐに返答が出来ずにいると、雲門は自ら即座に「日々是好日」と答えたそうです。
まぁ、禅問答ですからよく判りませんね。
一般的な解釈では「毎日が平安で無事の日である」という事ですが、全然違うのです。
「十五日以後の心境を」を問われた弟子達は、十五日後に答えることを考えたのでしょう。しかし雲門は、自ら十五日と云う期間を示しながら、実は今、即座の答えを求めていたのです。
判りやすく言うと「今でしょ!」ですね。
「今ここで自分の気持ちがが述べられなくて、一体いつ言う時があるのか」と、言うことです。

「人生は、明日と云う時があるとは限らない。 この一瞬のところを大事にせよ」と云うこと教え示した言葉が「日々是好日」なのです。

数日前に友人からの電話で「○○さんが亡くなったの知っている?」と聞かされました。
その人は、ハルコが雑誌で料理を作って登場した時に写真を撮ってくれたカメラマンでした。
ベテランのカメラマンですが、まだ充分に若いのです。
ショックでしたが、その時に「日々是好日」という言葉が脳裏に浮かびました。

この一日は二度とない一日であり、かかけがえの無い一時であり、一日ですね。
この一日を一所懸命にで生きているだろうかと。

そんな自戒を込め「日々是ハルコ哉。」

2013年10月8日火曜日

神の右手、悪魔の左手

今日は台風の影響のせいか、夏に逆戻りしたような暑さですね。

先週の岩手の食材の旅で、勉強になったことは沢山ありましたが、一番感銘を受けたのは中洞牧場の中洞正さんのお話でした。
本当の牛乳とは何かという話と、日本の酪農は酪農ではなく“乳農”だという話です。
これは文化の話でもあるし政治の話でもあるのですが、真っ当なモノを作ろうとすると、大きな組織に阻まれることが多々あります。
酪農の観点から言えば大きな壁は農協ですが、ここでは良い悪いという事ではなく、自分自身が関わってきた仕事には、常に二面性があったということです。


「来るものは拒めず、去るものは追えず」がハルコの長年の仕事のスタンスで、一時農協関係の仕事も随分しておりました。
農協と真反対の立場の方々とも親交がありますが、仕事をしていてよほどの哲学や信念が無い限り何でも引き受けてしまい、自分の中でも矛盾を起します。
今度は農協と対立している海外の食肉振興協会の仕事をしたかと思えば、国内の食肉の協会の仕事もしたり……と節操が無い事、枚挙にいとまがありません。。

だしに関しても、家庭できちんとだしを取るための器具や方法を展開する仕事の反対で、大手の食品添加物の沢山入っている商品の販促のお手伝いをするなど、ハルコの右手と左手は随分相反することをしてきました。

最近考えるのは消費者の視点ですが、「単に安ければ良い」「高くても良いものであって欲しい」この間で右往左往していることが多いのです。
それぞれの立場で見ると相手の事が許されない。高くても良いものは、おそらく全消費者には行き届かない。
TPPが推進されると、その辺の区別がこれからの重要な課題だと思うのです。
神の右手と悪魔の左手は、融合出来るのか、それとも……。

2013年10月7日月曜日

あさイチピーラー


朝から貝印カイハウスで、NHKの「あさイチ」の収録立ち会いです。

12年前にセレクト100を立ち上げてピーラーを作り、セレクト100では一番売れる商品になりました。
今年は松田美智子先生と「ピーラーマジック!」というレシピ本の制作と、ピーラーの年(?)でした。
放送は10月22日(水)です。お時間がありましたら、ご覧ください。

2013年10月4日金曜日

岩手の食材探し!

1日から3日間、岩手「地元へ帰ろうツアー」へ行き、昨夜帰ってきました。
12月4日から24日までの3週間、新宿伊勢丹キッチンステージで開催する、「賛否両輪」の笠原将弘さんと「オステリアルッカ」の桝谷周一郎さんと共に、岩手県の食材でのコラボのための食材探しの旅でした。

岩手生まれのハルコが言うのもなんですが、「岩手はでかい、ひろい!」
今回は、発酵醸造、果物、海産物、酪農、肉類、野菜……と多岐に渡りましたが、素晴らしい食材が沢山あるのを改めて確認しました。
岩手は食材のバランスが優れているのです。


以前から思っていたのは、子どもの頃に社会の教科書で岩手の産業を見ていくと、随分見劣りしていて「日本のチベット(チベットの方には申し訳ないですが)と、揶揄されていた時代がありました。
その頃から日本全体から1周遅れで、さらに2周遅れになっていたのですが、年月を経て来ると、2周遅れの岩手は実は先頭に立って走っていたのです。
どういう事かと言うと、自然を含めて岩手全体が荒らされずに、パーマネント化されていたのです。
色々な生産者の皆さんを廻って、自然の恵みを活かして安全な食材を作っていく、という姿勢を強く感じました。
山路酪農研究所(中洞牧場)の中洞正さんの酪農の考え方や、石黒農場の石黒幸一郎さんの寒冷地でも温泉の地熱を活かしたほろほろ鳥の飼育など、これからの日本の生産者の現場が目指す哲学に裏打ちされているのです。

食材探しと言いながら、今回は勉強嫌いのハルコとしては珍しく学習をした、という思いが強いです。
まずは年末のキッチンステージの岩手コラボに集中して、来年はさらに訪れていない地域の食材捜しの旅をしたいと思います。