2013年9月30日月曜日

地元へ帰ろう!

ついに「あまちゃん」が終了しましたね。朝の楽しみが終わってしまいました。そして、オクサマは早起き出来るのか……。
そんな、週明けです。

今回のブログのタイトルは、「あまちゃん」の中でGMTとアキちゃんが歌う「地元へ帰ろう」をご存知の方は直ぐに判りますね。
明日からハルコは、3日ほど岩手県へ出張します。
現在企画運営に関与している、新宿伊勢丹キッチンステージの年末12月の企画で、3週間岩手県とコラボするための視察なのです。


「オステリア・ルッカ」の桝谷周一郎さんと、「賛否両論」の笠原将弘さんの二人の名前を取った、「マスカサ」メニューを展開するのです。
この二人を中心に、東京から伊勢丹のバイヤーさんなども含め6人が岩手に行きます。
一ノ関駅で県庁の方々と待ち合わせて、陸前高田、大船渡、釜石、大槌、山田、宮古、岩泉、盛岡、花巻、遠野……と、ちょっとハードですが3日で廻ってきます。
八木澤醤油店、陸前高田米崎りんご園、大船渡牡蠣、中洞牧場、福田パン、ほろほろ鳥石黒農場……と盛りだくさんなのです。

という訳で、今週のブログはお休みします。
facebookでは引き続き「地元へ帰ろう」を発信いたします。
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2013年9月27日金曜日

寒さと味覚

この所、朝夕はめっきり寒くなってきましたね。
ハルコ的なバロメータは、ガリガリ君をあまり食べなくなったということでしょうか。


昨夜は、久しぶりに千駄木の「乃池」へ出かけました。
前に行ったのは夏真っ盛りで、日中35度を超えていた日だったはずです。
最初に、サバやら戻りカツオなどのお造りをいただいたのですが、これが見事に旨い!
程よく身が締まった刺身を食べながら、思ったのは「やはり、寒くなったからだろうか」です。夏のちょっとグズッた味とは全然違うし、これから更に旨くなるという期待がありますね。
今年は海の水温も高くて、サンマも南下してくるのが遅い上に、逆に南の魚が日本近海で捕れたりと、地球自体がおかしいようです。
以前ならこの季節にはこの魚、と決まっていて、食卓を賑わすのですが、新サンマを食べたのだって、今週になってからなのです。

仕事では「季節の旬の味を~」なんてのをよくやっておりますが、この数年は(もっと前からでしょうか)その境目が不明ですね。
野菜はそれなりに季節の道標になりますが、魚はどうもいけません。
月イチで通っている「鮨はしぐち」の橋口さんも「例年だと○○が入っているのに、今年はダメですね」と、よくおっしゃってました。

いつも旨いモノを喰いながら、これから先どうなってしまうのかと、憂いているハルコなのだ!

2013年9月26日木曜日

徹夜!?

ハルコの事務所では、今朝まで徹夜していたスタッフがおりました。
えっ、ハルコは? いえいえ、甚六でハイボールを飲んで帰りました。


いや、これでも若い頃はよく仕事で徹夜していたのです。
特にデザイン事務所に勤めていた時なんぞは、徹夜、終電、徹夜、終電、徹夜……休みは月1度と、もう大変な時代でした。
その頃は一晩徹夜しても翌日は平気でしたが、今徹夜したら3日は立ち直れませんね。
独立して自分で事務所を構えたら、今度は徹夜もするのですが、徹夜して仕事が終われば翌日は休めるので、何とかやり通しました。

今は徹夜すると、本当に何も役に立ちません。オクサマを見ると、未だに締め切りが迫ると徹夜していますが、本当に因果な商売ですね。

昔作った駄句
完徹夜 暑さ寒さも 入稿まで

2013年9月25日水曜日

締め切りだ!


朝からレシピブック2冊の編集やデザイン、原稿のチェックをしております。
ブログを書こうとしたら、スタッフから「そんなつまらないことを書く時間があったら、キャプションの1行でも書いて!」と非難の声が……。
今日から始まった伊勢丹キッチンステージの有馬シェフのセミナーの、次回の近茶流柳原さんの持ち帰りレシピの原稿も締め切りが!

と、言うわけで今日はブログが書けません。
……と言うブログでした。
えっ、また、さぼっているって……。

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2013年9月24日火曜日

通りゃんせ

3連休はいかがだったでしょうか?
ハルコはレシピ本の入稿締め切りが2冊重なってしまい、てんてこ舞いです。

仕事をしていたら、頭の中に
通りゃんせ 通りゃんせ
 ここはどこの 細道じゃ

天神さまの 細道じゃ

ちょっと通して下しゃんせ
 御用のないもの 通しゃせぬ

この子の七つのお祝いに
 お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい

こわいながらも
 通りゃんせ 通りゃんせ

と言う歌詞がリフレィンで聞こえてきました。何なんでしょうかね。
この童謡は昔から疑問に思っていたハルコです。
とっても不思議な歌詞ですね。

この歌詞では二人の立場の違う人(?)が出て来ます。
分解すると
A 通りゃんせ 通りゃんせ
 天神さまの 細道じゃ
 御用のないもの 通しゃせぬ

B ここはどこの 細道じゃ
 ちょっと通して 下しゃんせ

 この子の七つのお祝いに

 お札を納めに まいります

そして、

行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ

この最後の歌詞は、AB両方ともが言っているようにどちらでも取れます。
ちょっと先ですが、七五三を連想する歌詞ですね。

字句通りに解釈しすると
女の子(推定7歳)を連れた人(性別不明)が、番人(不明)に、ここの道は何処かと尋ねる。
すると門番(?)は「天神様に行くほそ道だ。用の無い者は通さない!」と答え、女の子を連れた「人」が七つのお祝いにお札を納めに行く。
そしてエンディング。行くのは良いが、帰りは恐ろしい、
それでもよければ、通るがいい。

この歌詞の解釈は沢山あるようで、実は30年以上前から気になっていたのです。
自分で幾通りかの解釈をしていました。

天神様にお札を納めに行く人は、ここが天神様への道だと知っていながら、この細道はどこだと尋ねる。
貧しい時代には、子どもが多く食べられなくなり、子どもを一人ずつ殺していく。
その怨霊を許してもらうために、天神様に行く(子殺しで“子どもを消す”が、“こけし”の形になった、という解釈もあります)。
つまり、天神さんへは死ぬ前の祝い事で、祝ってもらった後には死が待っているというわけです。
でも、女の子を連れて行く人は、最後の悲劇まで全てを知っている。

七五三の祝いは神様の数と連動していて、3歳は誕生したことの女の子の祝い。
5歳の男の子にとっては神界様の世界から人間界への帰属した儀式で、 
女の子はそれを7歳でします。
童謡「通りゃんせ」は、人間の世界へ来られなかった哀しい女の子の唄なんですね。

何故こんな事を思い出したかと言うと、姪が7つで亡くなって早10数年なのです。
生きていれば、今頃はもう20歳を越していますね。




姪が描いてくれたハルコの絵。

2013年9月20日金曜日

B級グルメ

言葉は生き物ですね。
一番最初に出現した言葉が時間経過と共に、違う意味になることはザラですね。

「B級グルメ」という言葉も、最初に出てきたのは1986年で日本はまさに「グルメブーム」に沸き、高級フレンチに人々が押し寄せて、バブル真っただ中の時代でした。
高級料理店をもてはやす人々もいれば、当然反対の意見を持つ人もいるわけで、「そんなにバカ高い金を出してメシを喰っても、本当に旨い物は判らないだろう」と、安くて旨いものがあるんだ、という意見ですね。


手元の資料で、1990年前後に発刊された文春ビジュアル文庫が3冊あります。内容を改めて見ると、濃いですね。
今の基準で考えると、B級以上の内容があります(個人的感想です)。
例えばロールキャベツなど、今だとB級グルメとは言わないようなものもあります。
現在のB1グランプリはB級グルメの進化系で、ご当地の町おこし的な要素が強くなっていて、最初の考えとは随分違いますね。
食文化の観点から見ると、鮨や天ぷらなどは江戸時代のB級グルメで始まり、今や逆に超高級店も沢山あるではありませんか。

B級グルメの特長の一つとして、元々ある料理のジャンルの一部を切り取って進化したものも多いので、これがA級(あくまでもBに対してですが)から派生して、一般庶民が好むものになった、ということです。

同じように今あるB級グルメは、将来鮨や天ぷらのような上昇志向を持って出て来るかは、興味のある所です。

2013年9月19日木曜日

ベジタの時代

昨今の料理レシピ本を刊行点数を見ていると、野菜をテーマにしたものが多いですね。また、テレビの情報番組の料理コーナーでも、あっちもこっちもと野菜のオンパレードです。


今から四半世前に『Vejeta(ベジタ)と言う、野菜ばかりをテーマにした雑誌があったのをご存知でしょうか?
出版社は誠文堂新光社で、ハルコはこの雑誌の途中から3年程、アートディレクター兼エディターをしていたのです。
毎月、その季節の旬の野菜や諸々の野菜がテーマなのですが、料理レシピばかりではなく、野菜の生産者・流通・ショップから、エコロジーなどの環境問題と言った硬派なものまで、現在に繋がる野菜の健康面での評価も多く特集をしていました。
一例を挙げると「野菜は薬よりもクスリだ」というテーマで、野菜摂取による健康管理や疾病の予防など、随分先取りしていた雑誌でした。

この所ブームの麹や発酵関係の記事も入っていた良い雑誌でしたが、廃刊になってしまい、一部の編集者達と『菜園生活』という雑誌を立ち上げたのですが、これは1号でおしまいに。

今のハルコなら、どんな視点で野菜の雑誌が作れるか?と妄想したことがありますが、
やはり「帰農帰郷」がテーマですね。

どなたか、「こんな雑誌作りたい!」という奇特な方はいませんか?

2013年9月18日水曜日

晩飯を2度食べる

先週から今週前半にかけては、連休もありましたが外で打合せや撮影が続き、事務所に滞在している時間は少なかったのです。そうなるとブログも書いている時間も無く、簡単な短信ばかりでした。
こんなに毎日予定が詰まっているような時に、日本料理やフランス料理みたいに構えて食べる所には、あまり行きたくないのです。

外食を考える時に、量の調整の効く店とそうでは無い店がありますね。
一番、量の調整が可能な店の代表は、鮨やです。
簡単につまみを取って、何貫か握ってもらう。飲み物も酒じゃなくても茶だけでも良いし、重宝です。
もう一つは焼鳥やさんがあります。
こちらも食べたい分だけ食べて、足りなければ材料が残っているなら追加しても良いし、便利なのです。


なぜ調整が必要になるかと言うと、料理の撮影終了後は試食をする事が多々あります。
それが夜に近い夕方になると、その後にオクサマと食事の約束を入れていることもあり、その場合食間が短いので、そんなに量が食べられない時に重宝するのです。
しかしハルコも、若い時は逆で鮨やさんへ空腹で行くと際限がないので、行く直前にカツカレーを食べたりと、かなり無謀な食生活をしていたものです。
昔は喰えば喰えたんですね。今はそんなことしたら病院行きです。

普通にフランス料理をコースで食べて、ワインも数本ボトルで空け、食後にその店のシェフと更に遅くまで開いている店に一緒に出かけたこともよくありました。
本当に満腹で行っても、その後にしっかり中国料理を食べているハルコを見て、フレンチのシェフが呆れていたこともありました。

そんなわけで、冒頭の調整出来る店の筆頭がこの所焼鳥やさんなのです。
この所間を置かずに四谷荒木町「おがわ」に通っていますが、この店は“程”が良いですね。
そんなにややこしい“通好みの”食材も無いし、適度に酒を飲んで、食べたい分の焼鳥を食べる。切りが良いのです。

この数ヶ月、焼鳥やさんを捜してましたが、良い居場所を発見した思いです。

2013年9月17日火曜日

ハルコ、撮影中!


本日、ハルコは野菜スープの本の撮影のためブログは短信でお届けします。
「ハーバード大学式 野菜スープでやせる!若返る!病気が治る!」という、ファイトケミカル(植物由来の化学成分)に着目した野菜スープの本で、マキノ出版より発行です。

引き続き、撮影に戻ります!

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2013年9月13日金曜日

あ、多忙!

今日で3連ちゃん撮影の最終日ですが、何だか忙しい。
忙しいわりには、仕事が進んでいない!

昨日も撮影後ミーティング兼ねて、ビアホールに入ったのが運の尽き。
ビールが1杯ですむはずもなく、2杯、3杯と労働意欲ゼロからマイナスへ……。
朝には血液検査で尿酸値が危険領域だったのに、それでも痛風の薬を飲んでビールを飲むハルコはまさに、「ダメじゃんハルコ!」です。


今日はこれから打ち合わせに、撮影、懇親会と続きます。
連休も仕事です。
今日のブログは短信でした。

2013年9月12日木曜日

とっぴんぱらりのぷ〜!?

時々頭の中で、脈絡の無い言葉が出てくるってありませんか?
ブログを書こうとしていたら「とっぴんぱらりのぷ〜」と言う言葉が頭に浮かんだのです。


民話や地方伝承のお伽話の最後には、「めでたし、めでたし」なんてのが多いですが、地方によっては随分色々な表現があるのです。
これは「結句」というもので、普段あまり使わない言い回しや祝福の言葉などを使って、「お話はこれで終わりですよ」と結ぶものなのです。

特に東北はこの「結句」がたくさんあります。

例えば、
青森・南部・津軽では、
どっとはらい どとぱれあい
それきってどっとはれ とっぴんぱれ

この「とっぴんぱらりのぷ〜」は秋田なのですね。
とうぴんはらり とっぴんぱらりのぷぅ
親戚に秋田のおじさんがいて、自然に覚えていたのでしょうか。

岩手では、
どんとはれ 一期栄えた 孫子繁えた
いんちくもんちく栄えた

宮城は、
どんとはれあだす
どんとはらい法螺の貝ぼうぽうと吹いた

山形は、
とーぴんぱらり
とーびんと
何だか訛りの連鎖(笑)ですが、語感は随分近いですね。

思うにハルコの中で「とっぴんぱらりのぷ〜」は、「結句」ではなく、呪文のような気がします。
眼の前の気にいらない事や出来事に、心の中で「とっぴんぱらりのぷ〜! 消えて無くなれ!」なんて深層心理では思っていたりして。

「いぼ〜ほうろぎ〜かぁらぎ、まんじゅう〜はったぎ、はねれば、ぴっぴ!」
これ、判りませんよね。
ハルコが小さい時に母親が、転んで怪我をしたりした時に、おまじないで言っていた言葉ですが、判る様な判らないような言葉ですね。

とっぴんぱらりのぷ〜!

2013年9月11日水曜日

今日から撮影3連荘

ハルコは麻雀はしませんが、今日からキッチンステージの撮影3連荘(レンチャン)です。
重陽の節句から体調不良で、豊村薫先生曰く「季節の変り目は体調を崩し易く、女性ならリンパと血の流れを活性させ、男性なら“気を整える”こと。気が止まると男性は死んでしまう」なんて、恐ろしいことを聞きました。
気を鎮めて、気を整えますが、どうしたら良いのでしょうね。


今日水曜は近茶流柳原さん、明日木曜はマルディグラの和知さん、金曜は臥龍居(トゥーランドッド)の脇屋さんと連続で撮影です。
おまけに木曜日は、先月行けなかった日赤の定期検診もあるし、岩手県の打ち合わせも撮影の間にあるし、日程が混んでいる時は全部重なりますね。

ではまず、「気を整える」ために昼寝から?
ハルコ、早く行かないとダメじゃん!

2013年9月10日火曜日

ハルコの霍乱、そしてツボ。


昨日は9月9日の「重陽の節句」の“陽の倍返し”で、ハルコ大いに絶不調でした。
風邪、食あたり、薬の服用……と、まさに「ハルコ攪乱する」でした。
腹痛、吐き気、頭痛と、諸々の症状が出ていたのですが、普段の腹痛とは違ったもので、以前胃ケイレンを起こしてのたうち回った時を思い出しました。

霍乱を辞書で引くと、
「霍乱は、もがいて手を振り回すという意味の「揮霍撩乱(きかくりょうらん)」の略で、日射病や暑気あたり、江戸時代には夏に起こる激しい吐き気や下痢を伴う急性の病気を言った。
いつもは健康で強くて丈夫な人を「鬼」、その鬼が珍しく病気になることを「霍乱(急性かつ苦しむ病気)」に例え、「鬼の霍乱」と言うようになった。」
なのだそうでうすが、昨日は本当にこんな状態で、オクサマが「救急車呼ぶ?」と言うほど心配させてしまいました。

ハルコはiPadを開いて「急な腹痛に効く“つぼ”を、息も絶え絶えにネットで調べたのです。
大体のツボは知っているのですが、お腹の「中かん」、手の「合谷」、脚の「足三里」の3つを交互に試してみると、「合谷(人差し指と親指の間)」が一番効くようで、30分程で痛みも薄らいできました。

急な痛みや症状が出てきた時に、ツボを知っていると重宝します。
特に海外などの旅先では、緊急の時に役立ちますね。

2013年9月9日月曜日

重陽の節句


あまりゲームには詳しくないハルコですが、トランプや花札では9の数字が強いという遊びがありますね。
今日は9月9日。9が重なる日であることから「重陽(ちょうよう)と呼ばれているのです。何故9と9で重陽かって?

これは元々、陰陽思想では奇数は陽の数であり、陽数の極である奇数の重なる月日は陽の気が強すぎるため不吉とされいたんですよ。
最近ハルコは薬膳の本の編集をしているので、この辺は随分詳しくなったのです。
最初は不吉なことを払う行事として行われていました。しかし時代が変わり、9は一桁の数のうち最大の「陽」であり、陽の重なりを吉祥とする考えに転じ、祝い事となったのです。
これが「重陽の節句」の謂れですが、旧暦では菊が咲く季節であることから「菊の節句」とも呼ばれているのです。
「重陽の節句」は五節句の一つで、邪気を払い長寿を願って菊の花を飾ったり、菊の花びらを浮かべた酒を酌み交わして祝い、前夜には菊に綿をおいて露を染ませ、身体を拭うなどの習慣があったのです。
しかし他の節句と比べて、あまり行事にされていない節句でもあります。
日本橋三越の仕事のお手伝いをしていた頃は、百貨店での行事でも随分ご紹介していたのですが、これも一部だけですね。

以前、中国人の気功を体験したことがあったのですが、気功師曰く(中国語の通訳を挟んで)、「普通の人は陰と陽のどちらかが強く出ているもんだが、あなた(ハルコ)は陽も陰も同じ位の強さで出ていて気功が効かない」

何だか、今朝から体調絶不調のハルコは陰陽がよろしくないようです。

2013年9月6日金曜日

クロマグロ問題


昨夜は完全紹介制の銀座「大夢」で、懐石をいただく僥倖にあずかりました。
そのコースの中の向附に、鮪と新烏賊のお造りが出てきたのです。
女将の説明によるとクロマグロで18キロ」とのこと。

ハルコは暫し考えてしまいました。
「うむ、クロマグロか……」
ご存知のように、現在はマグロの減少を防ぐために、国際的な規制により、来年からクロマグロの幼魚の漁獲量を15%削減されます。
現在、大西洋ではクロマグロも復活の基調らしいのですが、クロマグロは絶滅の恐れがあり、絶滅危惧種としてワシントン条約に登録される可能性もあるのです。

江戸時代には、マグロは下魚として顧みられないものでしたが、今や「マグロ、マグロ、大トロ、中トロ……」と、猫も杓子も食べたい魚ナンバーワンになってしまったのです(余談ですが、猫も杓子もの由来は色々ありますが、「神主」を表す「禰子(ねこ)」「杓子」と「僧侶」を表す「釈氏・釈子(しゃくし)」で、「禰子も釈氏も(神主も僧侶も)」が変化したとする説をハルコは取ります)。

ちょっと前の時代の通人なら、「鮪は天然物じゃないとダメだ!」なんてことを言いましたが、今やマグロの国内の養殖量は増えているのですが、養魚のクロマグロは天然物なので、これも資源枯渇の原因にもなるのです。
それを解決するために、卵から育てる完全養殖にして販売する企業も現れています。
悪い言い方をすると、「食べるなら、今でしょ!」

2013年9月5日木曜日

角打ち

この所、出掛け先にあった酒屋さんの店頭で酒を飲む機会が多々ありました。
酒屋さんの店頭で立ち飲みする「角打ち」という言葉も、一般的になってきたようでですね。
元々「角打ち」は北九州方面の言葉らしく、秤り売り用の酒を、升を借りて縁に乗せた塩をアテに、その場で立ち呑みしていたものらしいのです。


北九州や関東でも酒屋のカウンターで立ち飲みをすることを「角打ち」と呼んでいるところが多いようですが、関西では酒屋で飲むのは「立ち呑み」、立ち飲み屋で飲むのは「立ち飲み」と、使い分けるようです。
最近流行の「角打ち屋」や「角打ちバー」は飲み屋であって、酒屋さんで飲むのが本当に正しい「角打ち」なのです。

先日撮影で出かけた鎌倉の酒屋さんでも、ハルコは正しく(?)塩をアテに升酒を呑んでいましたが、いや、楽しいものですね。何だか自分がちょっと堕落した人間になったような気分を味わえます。
何故かというと、小さい頃は住んでいた釜石には24時間稼働している製鉄所があり、高炉の火を落とさないために、工場は1日3交代で休み無く働いていたのです。
夜勤明けの工場の人達が、朝から酒屋さんの店頭で呑んでいるのを横目に見ながら、小学校へ登校していました。
そんな環境でしたが、酒を嗜まないオジさんからは、「大人になっても、“もっきり”を呑むような人にはなってはならん!」と、よく言われていたのです。
「もっきり」とは、関東の「角打ち」と同じような意味ですが、「酒を盛ったきり」が縮まって「もっきり」になったのだと思います。

先月仕事で盛岡へ行った時にも、酒屋さんで呑ませてくれる「細重酒店」で思い切り「もっきり」を堪能しました。
オジさんの忠告を守れずに、「もっきり」を嗜む人間になってしまいました。
オジさんごめんなさい……。

2013年9月4日水曜日

グルメ情報の紀元前

田舎から上京して東京で生活するようになり、早40年の歳月が流れました。
最近、この40余年で外食を中心にした食のシーンで何が一番変わったんだろう?と考えてみました。
その時々で流行の料理や衰退した料理など、起伏の多い歳月でした。
別な考え方で、バブル前・バブル後という考え方もありますが、ハルコの考える最大の変化は、情報の在り方ではないでしょうか?


丁度東京に上京した1972年は、情報誌の草分け「ぴあ」が創刊された年でした。
今では考えられませんが、映画1本観るのにも映画館へ直接行くか、新聞の映画欄くらいしか情報が無かった時代です。
ましてや、レストラン等の外食の情報は僅かでした。
仕事柄雑誌の制作に関わっていたので、編集者から直接情報を聞き出し、ほぼ口コミで行っている内に、よくレストランで会う方々と情報交換しながら、東京を回遊するという感じでした。

まだ海外の情報も少なく、一度パリのレストラン情報がFAXで送られてくるサービスに加入したことがあります。なんたってFAXですよ。
今考えると年間数万円と高額でしたが、いち早く情報を入手出来るのは自慢でした。
初めてパソコンを購入したのが20数年前ですが、まだパソコンから情報を得る環境はなかったのです。
当時は紙媒体の情報誌が全盛で、たくさん買い込んで情報を調べ始めていましたが、まだ自分の手の内で情報整理が出来るのが、楽しい時代でした。

そして、今はグルメ情報の紀元後の世界にいますが、何だかつまらないですね。
初めての店でも行く前から、すべてを知ってしまうなんて!

写真は食べ歩き旅行に行く前にハルコが情報整理していた紀元前のノート。

2013年9月3日火曜日

美味しいものは不幸の始まり!?


よく会話で「あと何回ご飯が食べられるか?」と言いつつ、自分の予想平均寿命に食べられる食事を掛けて計算したりしますね。
ことさら美味しいモノを追求している人なら、尚更でしょうね。
えっ、そう言うハルコはどうなんだって?
以前からですが、その追求は止めているのです。

確かに、不味いものよりも美味しいモノが食べたいのは普通の感覚ですが、それが行き過ぎると、人間不幸の始まりなのです。
ギリシャのアイソポス……と言っても判りませんね。これを英語読みにすると、お馴染みイソップなのですが、「触れる物をすべて金にしてくれ」と神様にお願いした王様の話はご存知だと思います。
強欲に触れるモノを金にした結果、自分の娘や食べ物まで金に変わり後悔する、というお話ですが、これはギリシャのミダス王がモデルなのです。

神様に「これから食べる物が全て美味しいものばかりになりますように」と、祈って叶うとします。
ところが、美味しさは比較の中で成立するもので、より美味しいモノを望むと、どこまでも満足の行かない永遠の不幸の始まりになると思うのです。

しかし人間は記憶としては、美味しいモノよりも不味いモノを覚えているものです。ハルコも美味しいモノに出会うと、同じような料理でとても不味いモノを思い出して「今、ここにあるモノは幸せな食べ物だ」と思うようにしているのですが、それも変ですね。

2013年9月2日月曜日

悪夢とあまちゃん

今朝、汗びっしょりで目が覚めました。
オクサマ曰く、ハルコはうなされていたようだと……。

昨日は「防災の日」で、NHKの東日本大震災の地域から、生放送で現地の“今の生活”が映像で送られてきたものを見ていたのと、朝ドラの「あまちゃん」の土曜日の次週(今週)の予告編を何回も見たせいで、「北鉄(北リアス鉄道)」が地震と津波にあう夢を見てしまったのです。


今朝の「あまちゃん」の2010年3月11日のシーンは、やはり自分自身の地震体験と、故郷に連絡が全然取れない悪夢の数日間を思い起こし、いたたまれませんでした。
このドラマは、大震災の記憶が薄れてしまいがちな昨今に、まだ何も終わってはいないし、福島の問題も何も片付いていないと、いう事実を喚起させます。
物語としては楽しく面白いのですが、観ている側からは311がドラマの核となるのは承知で、それぞれの311を思い起こさせるでしょう。
絶対に風化させてはいけないし、まだ何も解決していない現実を直視せねば……。
(写真は北三陸の海岸です)