2013年2月5日火曜日

見田盛夫さんのこと

2月3日の節分はハルコの誕生日でしたが、もう一人忘れられない方の命日でした。
3年前の2月3日に、料理評論家の見田盛夫さんが76歳でお亡くなりになったのです。本当に早いものです。


1984年から13年間発刊された『グルマン』は、その当時の美食ガイド(フランス料理)の絶対的なご宣託の書でした。この本をパイロットに色々な店を廻ったものです。
いつから見田さんと親しくなったかは思い出せませんが、1990年前後だと思います。
ハルコもフランスへ食べ歩きに行きはじめ、その経緯を絵日記にして見田さんに見せたら、「素人はいいねぇ。お気楽で……」というお言葉。
その頃は(今でも変わりませんが)、料理を食べること自体に情熱を燃やしていたので、見田盛夫さんというのは、ある意味で目標だったんです。

色々なレストランで見田さんとご一緒させていただき、随分お話を聞かせていただきました。
「フランスでは毎日食前食後に胃薬を飲んでいた」(何でこんなつまらないことしか覚えていないんだろう)とか、レストランの評価というよりも、これからフランスへ食べに行くハルコに、「どこで何を食べると、その料理の流れは○○から続いているのが分かるから行きなさい」などのアドヴァイスしてもらいました。
見田さんの北軽井沢の別荘が出来たお披露目に伺い(今、考えるとこの時のケータリングはパリに発つ前の吉野さんが作っていたのです)、書庫を見ていたら、1冊の地方の地誌的な本を指差して「たった1行の確認のために、この本を買って読んだんだ」と、事実関係の正確さを、ハルコにご指導くださいました。

ハルコが初めて雑誌連載した『正しい食卓』を見田さんは読んでくださっていて、料理研究家の木村伸子さんに「ハルコさんとういう面白い人がこんなのを書いているよ」と紹介してくれました。
その縁で伸子さんの料理教室のセミナーに呼ばれて話すはめに……。
その時、見田さんは一番前でニコニコして聞いていてくれました。

写真は22年前の「ひらまつ」のガラディナーです。
中央はその当時の河田シェフで、見田さんの前がハルコ、隣にオクサマが。……古き良き時代の一コマでした。

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