2012年5月15日火曜日

漬け物と魚柄仁之助

今から10数年前のことです。
知人の編集者から、週刊誌のイラストを描いてくれる人を捜している、と電話がありました。その頃丁度、徳間書店から『包丁の使い方とカッティング』という本を上梓した後でした。そこに描いていたイラストレーターが、たまさか事務所のアルバイトスタッフだったのです。


しかし、そのスタッフは既に辞めており、もう締め切りが来週に迫っているというギリギリの状態でした。
そこで、まぁいいや、と思いハルコが担当するはめになりました。
なんせ、その包丁の本の発行は徳間書店で、週刊誌はお上品な『アサヒ芸能』だったのです!
そして、週刊誌の連載のエッセイは、魚柄仁之助さんだったのです。


まさか、それから魚柄さんと長いお付き合いになるとは、夢にも思いませんでした。
毎週1本の連載なのですが、1ヶ月にまとめて4~5本の原稿を魚柄さんの所に取りに行きながら、その場で料理のプロセスイラストのラフを描いて、魚柄さんにチェックしてもらうのです。
その時に、魚柄さんが「冷蔵庫で萎びた野菜は漬け物に丁度良い」と、ご宣託。 帰って早速冷蔵庫を見たら、萎びた白菜、大根を発見!
試しに塩と昆布で簡単に漬け物を作ったら、これが想像以上に良く出来ておりました。
ある意味、ハルコが料理を作り出したきっかけは、魚柄さんなのです。

魚柄さんとはアサヒ芸能の連載を、筆者と(にわか)イラストレーターとして1年半一緒に仕事をして、その連載もハルコが再編集して単行本にしました。
その後、魚柄本(写真掲載)をプロデュースしたり、また一昨年は古巣のアサヒ芸能で、また一緒に筆者、イラストレーターとして仕事をする機会がありました。

以前、貝印のカイハウスで魚柄さんが講演をするので、見学しに行きました。
魚柄さんが大変具合が悪くなり、様子を伺いに行ったハルコが前説で繋いでいるうちに、救急車のサイレンが聞こえててきて、魚柄さんはそのまま入院してしまう、という事件がありました。
その原因は、魚柄さんの恩人立松和平さんがお亡くなりになり、魚柄さんが心身供に最悪の状態になってしまったことに起因していました。
それまで凄い酒豪だった魚柄さんが、お酒も止めてしまい寂しい限りですが、また仕事をご一緒したいと思います。

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