2012年1月10日火曜日

食の批評へ……評論失格!


ある時、某週刊誌のレストラン評価コラムの依頼がありました。覆面数人で構成しているメンバーが抜けるので、抜けた後任の方の推薦を受けたのです(その週刊誌のレストラン評論は現在でも続いてます)。
 担当編集者と会って、過去の連載一覧とランキング表を貰い、取材を開始しました。覆面で取材に行き、外の看板の写真を撮り記事を書き、その店に点数を付けるという作業です。
その当時は当然「食べログ」なんか無い時代で、紙媒体がまだ優位な頃の話です。
初回はその頃出来たばかりの日本料理店焼鳥屋さんの2軒を取り上げました。

日本料理店は開店して数ヶ月の店でしたが、気に入って何回か通いました。本当にカウンターに小テーブルが幾つかある小さな店でしたが、若い料理人の人柄と料理に魅せられていたので、自分の評価で高得点にしました。その店がやがてミシュランの3つ星になるなんて、その頃は思いもしませんでした。
さらに、次の取材を進め、原稿を書いて担当編集者に送った所、ダメ出しの指示が出たのです。
曰く「何を書いているか判らない」
  「読者の読みたい記事ではない」……。

どうも、読者の読みたい内容というのは「名前を知っている有名店で、あんなに高いのに、こんな料理やサービスしかない」的なことでした。
その時に初めて自分自身のスタンスを知ったのです。 料理に対しては「美味しくないと思ったら、その原因は何故だろう、と、幅広く考える能力を付けよう」と。

料理は作る側と食べる側の相対する二者にしか判らないことです。その時に、具体的に何が良く何が悪いか、本当に判断出来る自分であるか、ということです。
事実、一回食べただけで、「あぁ、こりゃ、ダメだ!」というのも多いのですが、もう二度と行かなければ済むことです。それは、その店を選んだハルコが悪いのです。
それを、“鬼の首を取った”ように別な所で書くのはいかがなものかと思います。
そんなモノは“卑怯者”の行為ではないでしょうか。
匿名性や覆面という、料理を作る当事者に判らないように書くという行為は大きな問題があります。
当然、その逆で店と癒着したり、店の出す情報をそのまま書くような手合いは、評価するに値しないのは当然です。
某週刊誌から評論失格の烙印を押されて、ハルコは陰口を書くような卑劣な行為には加担しないと誓いました。
料理は作る側と食べる側の双方の幸福のためにあるのです。
この項は随時書いていきます。

●ホウボウのアクアパッツァ
夏目亭の匠の一品です。

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